奥吉野川文明とは?

日本三大秘境とも呼ばれるこの地には、
「こんな所になぜ、こんなものが……」
と思わず驚かされる、不思議と魅力が数多く残されています。

私たちは、この地の持つ奥深さに思いを込め、
この地域を**『奥吉野川文明』**と名付けました。

吉野川大歩危付近
祖谷のかずら橋
銅山川

四国が四つの県に分かれるという考え方は、長い歴史から見ればごく最近のこと。このエリアから剣山、神山へは、尾根沿い行けば意外なほど近い。実際、登山をする方は、剣山から石鎚山まで、右のような景色の中縦走するらしいのです。

車でこのまんなか地域から剣山にいくのであれば、有名な「酷道よさく」こと国道439号線を走ることになります。道自体は酷道とも言われるくらいなのでくねくねしていますが、アップダウンはそうなくてなだらか。このなだらかな山並みや道、そして川が人や文化をつないできたことを想像させます。

この地域で特筆すべきことは、鉱山資源が豊富だということです。日本三大銅山のひとつである「別子銅山」、そのふもとでは「金砂湖」の名前のとおり金の砂がとれ、中央構造線に沿って水銀鉱床も・・この豊かな鉱山資源が山岳集落の暮らしを支え豊かにしてきたのではないかと思います。

邪馬台国は7万戸もの人々が暮らしていたそうなのですが、もしかしたらその7万戸の民の生活の源は、このまんなか地域の豊富な鉱山資源だったのではないか、祈りの場・貿易・首都機能は神山地区だとしても、その富を支えてきたのは、このまんなか地区なのではないかと、想像が膨らみます。

四国には左の写真の落合集落のような山岳集落がたくさんあります。そして、その集落の神社や寺院など「なぜこんな所にこんな立派なものが・・」と首を傾げるばかりの素晴らしい文化が根付いているのです。

国道からそれて心細くなるような離合もできないような道をくねくねと入ったようなところに、100名近く泊まれる見事な宿坊があったり、宮大工の方が全国から訪ねて来られるような素晴らしい細工のお寺があったりするのです。

本当に、不思議で魅力あふれる「文明」出会えるのが四国まんなか地域。奥吉野川文明なのです。

・・それにしても、上記の地図を作成していて思ったのですが、「物部川」しかり、「那賀川」しかり、「海部町」しかり、愛媛県四国中央市と高知県の境にある「猿田峠」しかり、このまんなか地域と瀬戸内海地域を隔てる「法皇山脈」しかり・・・四国は古代史好きなら色々想像せざるをえないような地名が多く、地図を見るのが楽しいですよね。